アイドルに救われた話
アイドルという人類が世の中に増えてきた気がする。わたしが追いかけているアイドルも大別して5、6グループにもなった。
そんなアイドルに、生かされた話をしよう。
CYNHNというグループ名の女性アイドル(正確にはヴォーカルユニット)がいる。CYNHNと書いてすうぃーにーと読む。6人組で、みんな歌が死ぬほど上手でダンスも表現もクソうまい。
それぞれソロ曲もあるけれど、真髄は全員の合唱にあると思う。みんな歌声がまったく違うのに、6人になるととんでもないパワーを放つのだ。
百聞は一見に如かずだから、もしよければ聴いてみてほしい。
さて、ここで自分の話を挟んでみよう。
わたしは死ぬ日というのを今年の2月21日に決めていた。日にちの理由は諸々あるが割愛する。
それを決めたのは自殺未遂をした7月から1、2ヶ月後のころ。人生に絶望したというよりは、呆然としたといったほうが正しいかもしれない。よくならない精神状態、薬に頼り切る日々、しんどすぎる部活、何も先の見えない状況、惰性で見るTwitter。
死ぬことが逆説的に生きる希望であった。この日に死ねると考えることで、日々を頑張って生きられた。
このことはほとんど誰にも話さずにいた。絶対に決行しようと思っていた。
けれど。
ここで出てくるのが前述のCYNHNちゃんである。
ずっと見てはいたのだけれど、12月に初めて大阪に来ると知った。
見に行ってみようと思った。見に行くからには、きちんとお洒落をして出かけたいと思った。折しも髪をブリーチしたところだったから、ロリータ服がよく映えた。
なんばOCATからタワレコ心斎橋でおこなわれたリリースイベントは、わたしに衝撃を与えた。
初めてこんなに間近で、推しのパフォーマンスを見た。喋り声が可愛い子、細すぎるほど細い足で力強いダンスをしている子、メンバーみんなをヘアメイクしたりして可愛くするのに長けている子、直接喋るととっても優しい子、顔面のかわいさが強すぎる子、喋りが可愛すぎてネットとのギャップがすごい子。
涙が出た。かっこよかった。かわいかった。迫力のあるパフォーマンスだった。
握手会にも2ショットチェキにも参加した。顔の小ささに仰天した。
また行こう。そう思えた。
そのためには生きなければいけない。シングルが出るたびに写真を撮りたい。歌を聴きたい。
わたしは、また死ぬのをやめた。
きっと、人生はこれの繰り返しなのだろう。
死にたいと思っては、モチベーションを見つけ死ぬのをやめて、また死にたくなって、死ぬのをやめて。
わたしは推しに生かされている。少なくとも今は。